「もし自分が意識を失って、回復の見込みがない状態になったら、延命治療はしたくない」――そう考える方は少なくありません。でも、いざその時になると本人の意思を確認できないケースも多く、家族や医療関係者が判断に困ることがあります。
そこで注目されているのが尊厳死宣言公正証書です。自分の終末期医療に対する希望を、法的に信頼性の高い公正証書として残しておく方法で、終活の一環として作成する方が増えています。
この記事では、尊厳死宣言公正証書の意味から、具体的な書き方、費用、作成手順、注意点まで丁寧に解説していきます。

尊厳死宣言公正証書とは
尊厳死宣言公正証書とは、将来、自分が不治の病や回復の見込みがない状態に陥った際に、人工呼吸器の装着や心肺蘇生などの延命措置を控えてほしいという意思表示を、公証人の面前で宣言し、公正証書として残す文書です。
あくまで「宣言」であり、遺言書とは法的な性質が異なります。遺言書は亡くなった後の財産処分について定めるものですが、尊厳死宣言公正証書は生きている間の医療方針に関する意思を示すものです。
リビングウィルとの違い
リビングウィル(Living Will)とは、終末期医療に関する本人の意思を文書にしたものです。尊厳死宣言公正証書もリビングウィルの一形態ですが、大きな違いは公証人の認証を経ている点にあります。
自筆で書いたリビングウィルは誰でも作成できますが、本人の意思で作成されたものかどうかが争われる場合があります。一方、公正証書であれば公証人が本人確認と意思確認を行うため、信頼性がより高くなります。
- リビングウィル:自筆で作成可能、費用がかからない反面、証拠力が弱い場合がある
- 尊厳死宣言公正証書:公証人が作成に関与するため、証拠力が高い
- 日本尊厳死協会の「尊厳死の宣言書」:協会に入会して登録する方式
尊厳死宣言公正証書の法的効力
ここで押さえておきたいのが、日本では尊厳死や延命治療の中止を直接規定する法律(尊厳死法)は制定されていないという点です。そのため、尊厳死宣言公正証書に法的な強制力はありません。
ただし、公正証書として作成されていることで、本人の意思が明確に確認できる書面として医療現場で尊重される傾向にあります。厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」でも、本人の意思を最大限に尊重することが求められています。
実際に多くの医療機関では、公正証書による尊厳死宣言があれば本人の意思を尊重する対応を取っていますが、医師には応じる法的義務はないため、あくまで「判断材料」として扱われます。
作成するかどうかを決める前に、終末期医療や尊厳死について書かれた本を読んで、自分の考えを整理しておくのも一つの方法です。

尊厳死宣言公正証書に書く内容
尊厳死宣言公正証書に記載する主な内容は以下のとおりです。公証人と相談しながら文面を調整できるため、定型の「書式」に縛られるわけではありませんが、一般的には次のような項目を盛り込みます。
記載する主な項目
- 宣言者の基本情報:氏名・生年月日・住所
- 宣言の趣旨:延命措置を希望しない旨の明確な意思表示
- 具体的な医療行為への希望:人工呼吸器の装着、心肺蘇生、人工栄養(経管栄養・点滴)などに対する希望
- 苦痛緩和の希望:痛みや苦しみを和らげる措置(緩和ケア)は希望する旨
- 家族への配慮:家族が医師の判断に同意しても責任を問わない旨
- 医療従事者への免責:延命を中止した医師や看護師の責任を問わない旨
- 撤回条件:宣言者本人がいつでも撤回できる旨
書き方のコツ
宣言書の文面は公証人がサポートしてくれますが、事前に自分の希望を整理しておくとスムーズです。たとえば、「どんな状態になったら延命をやめてほしいか」「痛みの緩和だけはしてほしいか」「家族の誰に判断を委ねたいか」などを紙に書き出しておくとよいでしょう。
書き出す場所としては、医療・介護の希望を書く欄があるエンディングノートが便利です。エンディングノート自体に法的効力はありませんが、公証人との打ち合わせメモとしても活用できます。
また、家族とあらかじめ話し合っておくことも大切です。いくら公正証書を作っても、家族が存在を知らなければ活用できません。
作成に必要なものと手順
必要書類
尊厳死宣言公正証書を作成するために必要なものは以下のとおりです。
- 本人確認書類(運転免許証・マイナンバーカード・パスポートなど顔写真付きのもの、もしくは印鑑登録証明書+実印)
- 宣言する内容のメモ(公証人との打ち合わせ用)
証人は不要です。遺言公正証書では証人2名が必要ですが、尊厳死宣言公正証書は「事実実験公正証書」として作成されるため、証人なしで手続きできます。
作成の流れ
- 最寄りの公証役場に連絡:電話またはメールで予約を取る
- 事前打ち合わせ:宣言の内容や希望を公証人に伝える。メール・FAXでのやり取りも可能
- 公証人が文案を作成:打ち合わせの内容をもとに、公証人が公正証書の文案を用意する
- 公証役場を訪問:文案を確認し、問題なければ署名・押印する
- 公正証書の完成:原本は公証役場で保管され、正本と謄本が交付される
全体の所要時間は、訪問当日の手続きだけで見ると約30分ほどです。事前打ち合わせを含めても、初回連絡から完成まで2週間程度で済むことが多いです。
交付された正本と謄本は、折れや紛失を防ぐために書類ファイルに入れて、保管場所を決めておくと安心です。

費用はどのくらいかかる?
尊厳死宣言公正証書の作成にかかる費用は、公証人手数料令に基づいて定められています。
- 公証人手数料:11,000円(事実実験公正証書の基本手数料)
- 正本・謄本の交付手数料:1枚あたり250円×枚数分
- 合計:おおむね11,000円〜17,000円程度
遺言公正証書の場合は財産額に応じて手数料が変動しますが、尊厳死宣言公正証書は「目的の価額が算定不能」として一律11,000円の手数料が適用されるのが一般的です。用紙代や郵送費などを含めても2万円を超えることはほとんどありません。
なお、出張対応(入院中で公証役場に行けない場合など)を依頼すると、出張費や日当が別途かかります。事前に公証役場へ確認しておくとよいでしょう。
尊厳死宣言公正証書を作成する際の注意点
定期的な更新を検討する
尊厳死宣言公正証書には有効期限はありませんが、時間の経過とともに気持ちが変わることもあります。数年おきに内容を見直し、必要に応じて新しい公正証書を作り直すことを考えてもよいでしょう。
家族や主治医への共有
せっかく公正証書を作っても、緊急時に誰も存在を知らなければ意味がありません。正本や謄本のコピーを家族や主治医に渡しておくことが重要です。保険証や診察券と一緒に保管しておくのも一つの方法です。
通院に持ち歩く診察券ケースにコピーを折りたたんで入れておけば、緊急時に家族や医療スタッフの目に留まりやすくなります。
撤回はいつでも可能
宣言者本人の意思でいつでも撤回できます。気持ちが変わった場合は、新たな公正証書を作成するか、撤回の意思を示す書面を作成すれば足ります。
尊厳死宣言公正証書は本人の意思を示す書面であり、医師に延命中止を強制するものではありません。医療現場では本人の意思を最大限に尊重する方向ですが、対応は医療機関や担当医の判断に委ねられます。
遺言書と一緒に作成するメリット
終活の一環として、尊厳死宣言公正証書と遺言公正証書を同じタイミングで作成する方も多くいます。一度に手続きを進めることで、公証役場への訪問回数を減らせるほか、終末期から死後までの希望を一貫して整理できます。
エンディングノートに希望を書いておくことも大切ですが、エンディングノートには法的な効力がありません。公正証書として残すことで、より確実に意思を伝えることができます。
終活では、医療の希望や遺言とあわせて、お墓の準備を考える方も多いです。お墓を新しく建てる場合に費用を比べたいときは、墓石ナビで複数の石材店の見積もりを無料で取り寄せられます。契約の義務はなく、民営霊園は対象外とされています。詳しくは公式サイトで確認できます。

Q&Aコーナー
Q. 尊厳死宣言公正証書を作ると、延命治療は一切してもらえなくなるの?
A. そうではありません。宣言はあくまで「意思表示」であり、最終的な判断は医師が行います。また、宣言は本人がいつでも撤回可能です。心変わりした場合は新たな意思を示せば問題ありません。
Q. 家族が反対していても作成できる?
A. 家族の同意がなくても作成できます。ただし、実際に終末期を迎えた際に家族の理解があったほうが円滑に進みます。事前にしっかり話し合うことが大切です。
Q. 公証役場はどこにあるの?
A. 全国に約300箇所あります。日本公証人連合会のWebサイト(https://www.koshonin.gr.jp/)で最寄りの公証役場を検索できます。
Q. 認知症になってからでも作れる?
A. 公証人が「本人に判断能力がある」と認めた場合に限り作成可能です。認知症が進行して意思能力がないと判断されると作成できません。元気なうちに準備しておくことが大切です。


まとめ
尊厳死宣言公正証書は、自分の終末期に関する希望を公正証書として残す手段です。法的な強制力はないものの、公証人が関与した書面として高い信頼性を持ち、医療現場で本人の意思として尊重される傾向にあります。
費用はおおむね11,000円〜17,000円程度、手続きは公証役場での打ち合わせを含めても2週間ほどで完了します。元気なうちに作成しておくことで、自分自身の安心はもちろん、いざという時に家族が悩まずに済むという大きなメリットがあります。
終活というと遺言書やお墓のことを考えがちですが、「生きている間の医療の希望」をしっかり伝えておくことも、とても大切な準備です。
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