「延命治療はしたくない」と思っていても、いざという時に本人が意思を伝えられない状態では、家族や医師が判断に迷うケースが少なくありません。だからこそ、元気なうちに自分の希望をきちんと形にしておくことが大切です。
この記事では、延命治療を拒否するための具体的な方法について、事前指示書やリビングウィル、尊厳死宣言公正証書といった選択肢を比較しながら詳しく解説します。法的な注意点や家族への伝え方のポイントも紹介していきます。

延命治療とは何を指すのか
まず、延命治療の範囲を正しく理解しておくことが大切です。延命治療とは、回復の見込みがない患者に対して、生命を維持するために行われる医療行為を指します。具体的には以下のようなものがあります。
- 人工呼吸器の装着:自力で呼吸ができない場合に機械で呼吸を補助する
- 心肺蘇生(CPR):心臓が停止した際に心臓マッサージや電気ショックで蘇生を試みる
- 人工透析:腎臓の機能が失われた場合に機械で血液を浄化する
- 経管栄養・中心静脈栄養:口から食事ができない場合にチューブや点滴で栄養を補給する
- 昇圧剤の投与:血圧を維持するために薬剤を投与する
これらの処置は、回復が期待できる場面では命をつなぐ重要な医療行為です。しかし、末期がんや重度の臓器不全など回復の見込みがない状態では、苦痛を長引かせるだけになってしまうこともあります。
大切なのは、延命治療そのものが「良い」「悪い」ではなく、本人がどのような状態でどう過ごしたいかを事前に考えておくことだという点です。

延命治療を拒否するための3つの方法
延命治療を拒否する意思を示す方法は主に3つあります。それぞれの特徴を理解して、自分に合った方法を選ぶことが大切です。
方法1:リビングウィル(自筆の意思表示書)
リビングウィルとは、終末期医療に関する自分の意思を書面に記したものです。特に決まった書式はなく、自分の言葉で書くことができます。
- 費用:無料(自分で作成する場合)
- 作成の手軽さ:紙とペンがあればすぐに書ける
- 証拠力:公的な認証がないため、本人が書いたものかどうか争われる可能性がある
- 法的拘束力:なし(ただし医療現場で参考にされる)
日本尊厳死協会ではリビングウィルのひな形を提供しており、入会すると会員証とともに意思表示カードを受け取れます。年会費は2,000円です。
いきなりリビングウィルを書くのが難しいと感じる方は、医療や介護の希望を書く欄があるエンディングノートで考えを整理するところから始めるのも一つの方法です。エンディングノートにも法的効力はありませんが、家族が判断に迷ったときの手がかりになります。
方法2:事前指示書(アドバンス・ディレクティブ)
事前指示書は、リビングウィルをより具体的にしたもので、終末期にどのような医療を受けたいか(または受けたくないか)を詳細に記載します。多くの医療機関や自治体が独自の書式を用意しています。
事前指示書では、「代理人の指定」も行えます。自分が意思を表明できなくなった場合に、医療上の判断を委ねる人を事前に指名することができます。これは「医療に関する委任状」とも呼ばれ、家族以外の信頼できる第三者を指定することも可能です。
自治体によってはWebサイトから事前指示書のテンプレートをダウンロードできるところもあります。かかりつけ医に相談すれば、医療機関で用意している書式を使わせてもらえることも多いです。
方法3:尊厳死宣言公正証書
公証役場で公証人立ち会いのもと作成する公正証書です。公的な認証があるため、3つの方法の中でもっとも証拠力が高いとされています。費用はおおむね11,000円〜17,000円程度です。
公証人が本人の意思能力を確認した上で作成するため、後日「本人の意思ではなかった」と争われるリスクが低くなります。入院中で公証役場に行けない場合は、公証人に出張してもらうことも可能です(出張費別途)。

3つの方法を比較
| 項目 | リビングウィル | 事前指示書 | 尊厳死宣言公正証書 |
|---|---|---|---|
| 費用 | 無料〜2,000円 | 無料 | 11,000〜17,000円 |
| 証拠力 | 低い | 中程度 | 高い |
| 手軽さ | すぐ書ける | 書式があれば簡単 | 公証役場への訪問が必要 |
| 代理人指定 | 不可 | 可能 | 不可(別途委任状で可能) |
| 保管 | 自己管理 | 自己管理または医療機関 | 公証役場に原本保管 |
日本における法的な位置づけ
日本には延命治療の中止や尊厳死を直接規定する法律は存在しません。そのため、リビングウィルや事前指示書に法的拘束力はなく、医師がこれらの書面に従う義務もありません。
ただし、厚生労働省が策定した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人の意思を最大限に尊重することが求められています。このガイドラインに基づき、多くの医療機関では患者本人の事前の意思表示を重視する方向に動いています。
また、日本医師会も終末期医療に関する指針を公表しており、患者の自己決定権を尊重する姿勢を示しています。法律による強制力はないものの、医療の現場では徐々に事前の意思表示が重視されるようになっています。
なお、尊厳死法(仮称)の立法化については以前から国会で議論されていますが、倫理的・宗教的な観点からの反対意見もあり、法制化には至っていないのが現状です。
延命治療拒否の意思を家族に伝えるポイント
書面を用意することと同じくらい大切なのが、家族との話し合いです。本人が意思表示できなくなった場合、最終的な判断を求められるのは家族だからです。
話し合いのタイミング
お盆やお正月など家族が集まる機会を利用するのがおすすめです。突然切り出すと驚かれるかもしれませんが、「もしものときの話をしておきたい」と前置きすれば、多くの場合はきちんと聞いてもらえます。
また、テレビの医療ドキュメンタリーやニュースをきっかけに「自分だったらこうしてほしい」と話してみるのも自然な切り出し方です。一度で全てを話す必要はなく、何度かに分けて少しずつ共有していくのもよいでしょう。
伝えるべき内容
- 延命治療についてどう考えているか
- どのような状態になったら治療をやめてほしいか
- 痛みの緩和についての希望
- 書面(リビングウィル等)の保管場所
- 代理判断を任せたい人
- 臓器提供についての意思
家族の中に反対する方がいても、一方的に話を打ち切らず、お互いの気持ちを丁寧に聞き合うことが大切です。すぐに合意が得られなくても、「そういう考えを持っている」と知ってもらうだけでも大きな一歩になります。

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)という考え方
近年注目されているのが「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」です。日本語では「人生会議」とも呼ばれ、将来の医療やケアについて、本人・家族・医療者が繰り返し話し合うプロセスを指します。
ACPの特徴は、一度決めたら終わりではなく、体調や気持ちの変化に応じて何度でも話し合いを重ねるという点にあります。厚生労働省では毎年11月30日を「人生会議の日」と定めて、普及啓発活動を行っています。
かかりつけ医がいる場合は、定期的な受診の際にACPの話題を出してみるのもよいでしょう。医師と一緒に意思を整理できるほか、診療録にも記録が残るため、いざという時の参考資料になります。
家族や医師とどう話を進めればいいか迷う方は、人生会議(ACP)について書かれた本を一度読んでおくと、話し合いの進め方のイメージがつかみやすくなります。
ACPは高齢者だけのものではありません。事故や急病で突然意識を失う可能性は年齢を問わずあります。家族がいる方は、年齢に関係なく「もしもの時の希望」を共有しておくことが大切です。
延命治療の拒否と「緩和ケア」の関係
延命治療を拒否するということは、「何もしない」ということではありません。延命措置を行わない代わりに、痛みや苦しみを和らげる緩和ケアを受けることができます。
緩和ケアでは、がんの痛みに対するモルヒネなどの鎮痛薬の投与、呼吸困難の緩和、精神的なケアなどが行われます。延命治療を拒否しても、穏やかに過ごすための医療は十分に受けられるということを知っておくと安心です。
WHO(世界保健機関)の定義では、緩和ケアは「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族のQOL(生活の質)を改善するアプローチ」とされており、身体的な痛みだけでなく、精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛にも対応します。
意思表示カードの携帯について
急な事故や病気で救急搬送された際に、延命治療に関する意思が確認できるよう、意思表示カードを常に携帯しておくことも有効な手段です。
日本尊厳死協会の会員証には意思表示カードが付属しています。また、一部の自治体では独自の意思表示カードを発行しています。カードは健康保険証と一緒に財布に入れておくと、緊急時に医療者の目に留まりやすくなります。
財布の中でカードが折れたり紛れたりしないよう、保険証や診察券とまとめてカードケースに入れておくのも一つの方法です。
もしもの時の希望を家族と話し合うときに、お墓をどうするかも一緒に考えておく方がいます。新しくお墓を建てる場合の費用を知りたいときは、墓石ナビで複数の石材店の見積もりを無料で取り寄せて比べる方法があります。契約の義務はなく、詳しくは公式サイトで確認できます。

Q&Aコーナー
Q. 延命治療の拒否は途中で撤回できる?
A. はい、撤回はいつでも可能です。リビングウィルも尊厳死宣言公正証書も、本人が意思を変えれば新しい意思が優先されます。気持ちが変わったら、家族や主治医にすぐに伝えてください。
Q. リビングウィルに決まった書式はある?
A. 法律で定められた書式はありません。ただし、日本尊厳死協会や各自治体が提供するひな形を参考にすると、必要な項目を漏れなく記載しやすくなります。
Q. 延命治療を拒否しても、痛みのケアは受けられる?
A. はい、延命措置を行わないことと、苦痛を和らげる緩和ケアは別の話です。むしろ、延命治療を拒否する場合は緩和ケアの重要性が高まります。
Q. 家族が延命を希望した場合はどうなる?
A. 本人の意思表示が書面で残されている場合、医療者はそれを重要な判断材料とします。ただし、家族の意向も考慮されるため、事前に家族としっかり話し合っておくことが大切です。
Q. 独身で身寄りがない場合はどうすればいい?
A. 信頼できる友人や成年後見人に意思を伝えておく方法があります。また、尊厳死宣言公正証書を作成しておくと、第三者が関与する場面でも本人の意思が伝わりやすくなります。


まとめ
延命治療を拒否するためには、リビングウィル・事前指示書・尊厳死宣言公正証書のいずれかの方法で意思を形にしておくことが重要です。日本では法的な強制力を持つ書面はまだありませんが、公正証書にしておくと医療現場で尊重される可能性が高まります。
書面の作成と同時に、家族との話し合いも忘れずに行いましょう。「人生会議(ACP)」として繰り返し対話を重ねることで、本人にとっても家族にとっても納得できる形を見つけることができます。


